生まれてから今までした経験

僕は学校という場所があまり好きではなかった。 僕は一人っ子で両親は穏やかな性格なので家の中はいつも静かでした。 ところが小学校に入学するととんでもない光景ばかり目にしました。 僕の通っていた小学校は市内一のマンモス校で低学年の時は授業中なのに教室を勝手に出て行ってしまう子やとにかく騒がしい子いろいろな性格の子がいて常に先生は怒鳴っていました。 僕の性格も両親と同じく穏やかで静かに過ごすのが好きなのに家とは真逆の日常がとっても苦痛でした。 そして高学年になると先生の思っている通りに出来る子は良い子、枠からはみ出してしまう子はダメな子というとにかく相性が合わない先生が担任になり五年生の二学期にとうとう限界が来てしまいました。 朝になると頭痛、腹痛、吐き気に襲われ学校に行けなくなってしまいました。 行けるまで待ちたいと願う両親の思いとは正反対にたびたび自宅を訪れ引っ張ってでも連れてきてください、ご両親の育て方が悪いから学校に行けなくなったんじゃないかとか母親に説教をしていたのを覚えている。 三学期に入っても状況は変わらなかったが、ある日母親が市内に先生二人、生徒二人という小さな分校があるのを探してくれた。 公立の小学校は住んでいる地域の学校以外は通うことが難しいことはわかっていたが、両親はすぐに市の教育委員会に出向き事情を説明し嘆願書を書き入学の許可を得てくれた。 そして六年生から自宅から片道三十キロの道のりを母の運転する車で通うことになった。 僕の小学校生活が始まった。 小さな学校なのに職員室、音楽室、理科室、家庭科室、パソコン室、教室が二つある。 まずは学校という場所に慣れること。 先生二人、生徒は僕を入れて三人。 とにかくみんな優しい。 今まで通っていた学校とは何もかも天と地の差だった。 世の中に生徒の気持ちを尊重し個性をとても大事にしてくれる学校があるなんて・・・ 小学校一年生からここの学校に通いたかったと何度も思った。

絵を描くきっかけになった人のこと

僕は幼い頃から絵が好きだったけれど小学校の図工の成績はあまり良くなかった。 自分の好きなように描く僕よりも先生の思っている通りに描いて色を塗る子の方が成績がよかった。 先生に色彩のことも注意された。でも僕の両親はみんなと同じじゃなくていいんだよって個性を大切にしてくれた。 おかげで今色鮮やかな色彩で自由に描くことができている。 中学2年生の時に母親とたまたま立ち寄ったサービスエリアで絵画愛好会の方の作品が展示されており その中で一人だけ鉛筆のデッサンで描いた方の作品に釘付けになった。 鉛筆だけでこんなに素敵な絵が描けるなんて・・・ 僕にも人を感動させるような絵を描きたいと強く思った。 それから毎日絵を描くようになった。

ブログ始めました。

平成6年生まれ24歳です。 小さい頃から絵を描くことが好きで中学3年生で初個展。高校3年生で公募展に出展し入賞。 2012年から現在まで個展14回。現在は高校卒業後芸術家として頑張っています。 心に思い浮かんだ映像をキャンバスに載せています。 よろしくお願いします。